十月二日(水)
郵便ポストをのぞいたら薄い封筒が来ていた。
もしやと思ってソワソワしながらシャワーを浴びて開封したらそのとおりだった。二回読む。
同僚に食事に誘われていたので、仕方なくいったん放置して食事に行く。ご飯は八品くらい出てきてとても豪華だったし、おいしかった。けど場の話題が同僚の悪口とかゴシップとか最近引っ越してきた人情報で、ほんとうに死ぬほどどうでもいい。
横でききながら、他人への愚痴というものでこれほどコミュニケーションをとろうと思わないのはなぜだろうと思った。その同僚は「真面目に仕事しているから愚痴が出る」論者だったので、それが正しければあまり真面目に仕事をしていないのかもしれない。人生うまくやっていける人は、こういう情報でも糧にするんだろうか。食事の席でついていたテレビであまり興味のないバレーの方に視線がいくぐらいには場の話題にのれないまま、二時間くらい経った。
かえってもう一度読む。杉山くんと作戦会議をする。
S
十月一日(火)
会議があったので義務感のようなものから前日のセッション22のあいとり特集を聴きながら向かった。表現の自由というよりも差別されない権利、脅迫を受けない権利とすべきとする木村さんの話はクリア。
国会図書館に移動してコピーを取る合間に『メタモルフォーゼの縁側』を読んでいた。合間合間に時間がないことと向き合わざるを得ないのが興味深く、それは当人も周りも感じることとして描かれる。
気が向いたので両国の復興記念館に足を伸ばす。震災写真の捏造という興味深い展示を見ることができたので収穫は大きい、というか今さっきコピーしてきた資料もそのなかに含まれていてぞっとした。写真の捏造の心性は流言飛語に通じていそうだ。情報の少なさとセンセーション。都市のなかの伝書鳩も気になる存在だった。やたらと小学生がいたのは今日が都民の日だからだということに気づいた。これも後藤新平案件。
ラジオを聞いているとどうやら9・11後、鉄道を見ると彼らは泡を吹いて倒れるという揶揄からフォーマーと呼ばれるアメリカの鉄オタはテロリストに間違われることが相次いでいるらしい。というのも彼らはカメラをもって普通は人がいないところを歩き回っているからだとか。遊歩 in USA もなかなかしんどいものがあるね。
中川
九月三十日(月)
9時に起きてシャワーを浴びて出かける。すっかり忘れていた発表文献を読みながらJRと小田急を乗り継ぎ向ヶ丘遊園へ。何か食べようと思いケンタッキーのフィレサンドにありついた。それから丘を上って大学へ。今日も3コマTAである。今日は会話が止まっていたグループに1回介入して会話を続けさせられたので自分を褒めて満足する。
3コマやって片付けしたらもう19時である。また丘を下り大戸屋でからあげ定食を食べる。チキンしか食べてない。また文献を読みながら小田急に揺られて帰る。都心に戻ってきたらもう21時近くになる。
1日を過ごした気がしないと本屋に行きたくなってしまう。池袋のジュンク堂でD.O.の自伝を買った。
家に帰ってきて文献を読み終えてレジュメをさっとまとめた。こうやって移動の多い生活をしていると自分のデスクに腰を落ち着けられることがとても幸せな気がしてきた。つらいとかじゃなくて注意散漫になるという意味で今学期メンタル持つかな。
杉山
九月二十七日(金)
9時半に起きる。昼過ぎから待機業務だった。授業スライドをつくっていたら時間が経った。夜になって業務が終わったら彼女と会ってチャーハンを食べた。
仕事だけでなくて博論も進めないといけない。興味発展の社会物質的な環境のうち社会関係=趣味縁に着目する理由を説明できるかどうか,できないとするとそもそも1章で趣味研究を総ざらいする構成ができなくなる(最初から趣味縁を研究する,という構成にせざるをえない)。さあどうしたものか。
杉山
九月二十六日(木)
ひたすら事業所のイベントと予算周りの仕事を回す一日だった。
四時間ほど残業する。いろいろと仕事が手からこぼれ落ちそうになるのを、ひっしで掬い取っていくイメージだ。
夕飯を作る元気がなくて、外食へいく。
思い通りに進まない仕事のせいで、ひさびさにいろいろなことへいら立っていた一日だった(たぶん、はじめて同期の仕事ぶりへイライラを感じてしまった)。
海鮮丼のおおもりを注文したら、多すぎて寝ているときもお腹を圧迫して来た。
帰ったら、勉強するよりも先に寝てしまう。
しんどい。
寝れない。
S