一月二十六日(日)

9時に起きて彼女に会う。用賀に向かうが少し時間が早かったので二子玉川で下りてライズを見てまわる。焼き魚定食を食べた。

用賀に戻って世田谷美術館へ。「奈良原一高のスペイン――約束の旅」を見る。1950、60年代のスペインを旅した記録。パンプローナ牛追い祭りで騒ぐ若者やグラナダの山村に佇む老婆を写して、観光地化で失われていくその風景にしかし人間の本質的な生活を見る、ようなことが今の自分にできるだろうかと思う。奈良原は「神秘の旅」とも書き残していたけれど、こうした浪漫的な視線はある時代までで失われたような気がする。それが読みたくて昔の書籍を開くわけだけれども。僕が牛追い祭りに行っても「パリぴが騒いどんな~」ぐらいの感想しか持たないのではなかろうか。来月スペイン行ったときに何を感じるかな。

帰り際に後楽園に寄ってユニクロで買い物したり韓国料理を食べたりして帰った。

夜、昨日のセミナーとその後のLINEをふまえて正課外活動や部活・サークル、学生文化に関する論文を手当たり次第Zoteroに入れて読んでいた。教育社会学や体育学などに、これまで自分が全く読んでいなかった先行研究が大量にあることに気づく。正直、面倒くさいと思ってしまった。でもここで手を広げず、博論で参照した範囲の文献で今後の研究も組み立てていったら、よく言う「学生時代の貯金を切り崩している研究者」になってしまうだろう。

いま広島大学の教育学研究科で「総合的な学習の時間の指導法・特別活動の指導法・教育社会学」を教えられる専任教員を公募しているが、「趣味の現場としての学校」をやりながらこういうテーマについて紀要を書いておくと、教育学方面のキャリアパスは選択肢が増えるわけだ。自分が「大分類:社会科学>小分類:教育学」にいることは間違いないので、もちろんメディア・情報学へも目配りも忘れたくはないが、ここをおさえておくことは教育工学会の中でも自分のできる仕事を増やすことになる(趣味の研究はなくても正課外活動の研究ならばそれなりにある)。

新しい分野に乗り出すことへの億劫さを感じるとは夢にも思っていなかったが、確かに博論を今まとめようとしている段階になると、それ以外の分野で「もう一度初心者になること」は腰が重くなるのだった。教養的にかじってdabblerになるのだったらこうは思わないが、一度博論というものの輪郭を知ってしまったときに、プロフェッショナルを見据えてwannabeになることの果てしなさを感じてしまうのだろう。でも博論の研究をふまえたりセミナーをやったりして5年前よりある程度研究のことが見えてきたうえでやるべきと思っている分野なのだから、そこで手を引いてしまうのは研究者としての終わりの始まりのように思う。そう言って自分を鼓舞する。

杉山