七月十二日(木)

これまた二週間以上も前のことを思い出しながら書いているのだけど、手元にたくさんの記録用ボイスメッセージと、健太郎とのチェックアウトで送ったボイスどちらもが残っていて、写真と照合すれば記憶が蘇ってくる、そんな仕組みになっている。文明。

昨日のネトルのチクチクのことが心に残っている。この話はまた今度。

さて、この朝、一足早めに急遽あやこさんが日本へ帰ることになった。ゴロゴロスーツケースを押す音で目覚めた。重かった体をとっさにあげて、窓から「行ってらっしゃーい」と手を振る。斜め上でもりなさんたちが同じことをしてる。なんだか平和だ。ブラックバードがいつものように美しい声で鳴いている。
ついでにあやこさんが木々の中から窓に近づいて、変換プラグを返してくれた。

朝の瞑想。カレッジの創始者サティシュのリード。いつものように呼吸をうまく吸い切ることができない(と感じて)、苦しい。この状態も私。そう受けとめればいいのかもしれない。呼吸を意識すると途端に苦しくなる。

朝食は少なめに、カモミールとラベンダーとお湯をカップに入れて、大好きな木の下ですする。水面に木漏れ日が写って綺麗。
ダートムーアへの巡礼の日。ロングトレイルだ。
私たちはお弁当の準備班。フルーツ、サンドイッチ、チップス、ケーキ。これが実は割とお腹に重い。ボトルにたくさんの水分。

野生の馬、家畜で放牧されている羊。見渡す限りの丘、丘、丘。自然が作り出した芸術的な岩。こんな景色をアウトドア雑誌か映画化でみたことがあるような気がする。



2日前に捻挫をしたどりちゃんも来られてよかった。私がバックパッキングをしている時から愛用しているトレイルランニング用のシューズが役に立った。嬉しい。

先頭のサティシュはコンフォートサンダルでひょいひょいと山羊のように歩く。80を超えているとは思えないほど健康的だ。

巡礼者であることについて話す。
自分たちのフットプリントをできるだけ小さく生き、
イカーになるのではない。
過去から学び、今この瞬間を祝い、未来を信じる。
七〇%は今のことに、
そして残りの十五%ずつを過去と未来に。

どこかへ向かうために急いで歩を進めるのではない。
一歩一歩をいかに美しく歩むか、それが大切。

そうか、私が会社に長くいられなかったのは、
行き先でなくその歩み方がとても違っていたからなんだ。
ふと腑に落ちた。
そりゃそうだよなぁ。
その歩み方が
人生の七十%以上も占めているのだから当然だ。

今、今、今…

「今」がほとんど全て。

道中、シューマッハの現役院生であるみかさんが「修士論文が期限までに終わらないよー」と言ったら「いいんだよ、過ぎても。その過程が大事なんだ」とサティシュは笑っていたらしい。すごいよね、徹底してるなぁと、みかさんも笑う。

冷たい小川に足を浸す。雨が降って来た。レインウェアを着て来て正解だった。赤のジャケットを着てるカナちゃんと漫才ごっこをしてはしゃいでたら、海くんに「巡礼者〜??」と問われて凹んだ。「関西系巡礼者だ(笑)」だって。

私たちは歩く。岩場で寝転がったり、ただ体を動かしたり。みんなで座ってふるさとを歌ったりした。自然に二声にハモる。あまりにも美しい。シューマッハでの私たちの時間は、音楽にあふれている。どこへ歩くにもウクレレ持参、ハモる、踊る。とっても幸せ。音楽はそもそもプロフェッショナルのものや上手くなきゃいけないものじゃなかった。この本来の生活の中の心地よさが最高なんだ。そもそもみんな元はアマチュアもプロもなかった、ただ生きているのだから。
久しぶりの雨に打たれて冷え切った私たちは、ホテルのカフェになだれ込んだ。サティシュに愛の質問ぜめ。奥さんのジューンさんと出会ったときのこと、今どんな風に愛情を伝え合っているのかということ、なんでもパッションを持って伝えてくれる。キラッキラの目で。聞きながら、内心「私たちはとってもいい線いってる」と思った。
シューマッハの高い学費をどうやって払うのかという質問にクラウドファンディングで来たらいいよ、社会に貢献していくからっていってさ、と答えていたサティシュ。私たちクラウドファンディングで来たんだよ、と伝えると感激していた。
帰りのバス、みかさんが「実はね…」と話してくれた。
ジューンさんの打ち明け話。出会った頃、押せ押せすぎたサティシュに「私この人無理!」と感じたことや、朝のリーディングの時間に実は家事がしたいと思っていること。サティシュがお互いの愛のためと思っていることを、ジューンさんが「この人がやりたいんだから、しょうがないわね」と微笑み浮かべながらやっているのだとすれば、可愛すぎる。とっても普通だ。
夜は、今日もファイヤーサイトチャット、ならぬ、キャンドルサイトチャット。あまりに雨の少ない今年のUKでは焚き火が禁止されているのだ。
サティシュが25歳の頃の巡礼の話を始めた。とある新聞記事に衝撃を受け、友人と、財産を持たず布切れ一枚だけで国境を出た。たくさんの巡り合わせでアメリカの大統領にも、ロシアの大統領にも茶葉を届けた。彼はメッセンジャーとして伝えたのだった。「もしもミサイルのスイッチを押しそうになったら、ひとまずこのお茶を飲んで落ち着いてほしい」という、茶葉のお店の主からのメッセージ。どちらの国のトップも同じことを口にしたらしい。「いやいや、私たちは平和を望んでいるんだ。軍拡を進めていて悪いのはあっちの国だよ」と。
白人限定のレストランで、店員にも客にも追い出されて銃口を向けられたことも聞いた。
全てが、波紋のようにものすごい質量を伴って伝わってくる。

みんなが色々な反応をしていた。ずっしりと重みを受け取って悔しがっていたり、悲しんでいたり、ただ言葉にならなかったり、泣いて通訳ができた幸せを味わっていたり。

私の心にあったのは、これからの巡礼が心から楽しみなのだということ。新しくガーデンを始めること。その後二人で旅に出ること。一歩一歩を一緒に感じられることへ、心が踊る感じ。

ゆっくりとどりの話を聞いてから、バーに入った。眠い。
荷造りをして、ベッドの中からボイスメッセージでチェックアウトをしているうちに、自分でもふにゃふにゃと言っていることがわからなくなっていった。明日は最終日だ。


ゆり