一月十七日(木)

9時に起きて紅茶を飲みながら今日もゼミ発表資料をつくった。一昨日が審査だったので新しい内容をつくる余地はないと思っていたが、指摘された課題のうちデータをどう記述するかの部分はデータセッション的なことがゼミでできることに気づき、参加者でコーディングスキーマを検討してもらうことにする。

はじめて発表資料をLaTexで書いたが、デザインのことを何も考えなくていいのは本当に楽だ。年末に環境構築して本当に良かった。

昼に本郷へ。屋台村のハイチ料理のバジルチキンを食べながら資料を印刷する。ハイチとかジャマイカのチキンはまじでうまいしピクルスもうまい。sくんとサマーボムで食べたジャークチキンもまた食べたい。

その後はゼミ。データセッションをやった結果記述に盛り込む様々な論点が出てきたが、一方で結果を変えてしまうことになるのでコーディングスキーマは変えないことになった。その代わり地の文に書いておいて、概念化するなら5章の総合考察で行う。「生態系の賦活条件(実践共同体の移動可能性や個人探求のための道具など)」や「仕事に追われたからこそ気づく趣味の価値」など、言及したいことはたくさんある。

杉山

一月十五日(水)

二時に目が覚めて、そこから寝られず寝ぼけまなこで仕事へ。
眼がシバシバする。

朝から仕事を片付ける。
ひとつ懸案事項が片付いたら次の懸案事項が出てきた。どうしたもんか。

なかなかこっちで考えが及ばない。社会経験というか、いろんな立場の人が関わる組織(プロジェクトとはちょっと違う)の中で働いた経験年数の弱さだ。

めちゃくちゃ眠い。

ひさびさに平日にお酒を飲みたくなったのでビールを買って帰る。
家に帰りDVDを見る。

塔がさわがしい。

S


一月十三日(月)

11時に起きて田端までパンを買いに行き紅茶を飲む。ずっと明日の予備審査の資料をつくっていた。突貫工事でアマオケ団員調査の再分析をしているが、写真家調査を経て久々にデータに触れ直すと、気づくことがたくさんある。アマオケ、写真と単体で分析しても概念化されない出来事も、両方のデータを一度に扱うと概念化されたりする。新しい面白さと責任・教授がカップリングされている実践共同体にせよ、新しい面白さのみで責任・教授のない実践ネットワークにせよ、それぞれの特徴によって、別種の趣味縁や道具・メディアを必要としていることに気づき、なおさら生態系として把握する必要があることを感じる。両方のデータを使って再分析すれば自然と第5章の総合考察の内容も生まれてくるのではないかと思う。

楽譜とレンズ――道具を論じきれない限界点は次の研究計画で解消していきたい。そういう意味では「メディア研究」を意識しすぎて始めから機械学習技術やスマートフォンに絞ってしまうよりも、道具・用品・装備・機材から考えた方がいいだろうな。『プレイ・マターズ』には、おもちゃ(toy)だけでなく、遊び道具(playthings)という概念が登場する。レジャーサイエンス/スタディーズに物質文化に関する議論があるのかも調べたほうがいい。さっと調べてみたところだと、活動量計を使うマラソンランナーのQuantified Self に関する論文などが出てきた。あと概要にDigital leisure studiesという言葉が出てきて調べたらWikipediaに記事があった。

こういうことを考え出すと飲み会で話すために資料をつくっていくような瀬下くんの思考に触れないわけにいかないので、ようやくnoteの購読もはじめた。

一日中資料をつくっていたので朝パンを買って、昼に大将の弁当を買い、夜にローソンでおにぎりを買った以外に外出しなかった。

杉山

 

一月十二日(日)

十一時過ぎに起きる。
来週の食材を買いに行き、帰りにラーメン屋でチャーシュー麺を食べる。可もなく不可もなくという感じだけど、肉とメンマがおいしい。
 
帰って論文の修正を進める。三か所残していた宿題のうち二か所を片付ける。
インタビューの文字起しを50分やって、晩御飯の材料を買いに行く。もつ鍋を作るのだ。
 
食べながら、届いたAmesのCharisma Machineのイントロダクションを読む。OLPCプロジェクトの顛末を、開発者たちの思想的背景からPCのデザイン、実際の利用の現場まで追った本だ。
著者はOLPCの技術的ユートピア主義が他のプロジェクトに引き継がれているということを強調して、単なる事例研究を超えた意図があるとくりかえしている。MOOCsやメイカースペース運動も槍玉あがっていた。こういう視点からの批判は大事なことだと思うしそういう内容の文章を書こうと考えているのだが、他方で個々のプロジェクトが失敗に終わったという主張がどこまで妥当なのかはよくわかっていないところがある。現在進行形のプロジェクトをこういう観点から捉えていくというのは難しそうだ。
 
お酒を飲んで早めに寝る。
 
S
 

一月十日(金)

10時半に起きて泉屋のパンを買い紅茶を飲む。昼過ぎに本郷へ。コモンズで共同研究のミーティングをした。手書きイラストを写真で撮り、SVGファイルに変化した後3Dモデリングソフトにいれて、厚みをもたして3Dプリンターから出力可能にした。今度実際にプリントしてみる。

コモンズで渡邉くんとチャーリーくんがいたので修論について話す。そのまま渡邉くんとからみちゃんでカレースパゲッティを食べる。なんと実家が板橋の団地だそうで、遊歩でお邪魔しようと思う。

帰ってきてから予備審査のスライドを進めて寝た。

杉山

一月九日(木)

上司が不在の中、トップが二人いないので決裁が回らず仕事が進まない。
 
とりあえず最低限のことをやる。あとは直近の案件とか年度末に向けて貯金をつくる。こういうのはあとあと生きるので、さぼらずやっておきたい。
 
帰ってきて論文を直す。
 
S
 
 

 

一月七日(火)

11時に起きる。紅茶を飲みながら予備審査の資料をつくり続ける。明らかに20分話したところでどうしようもない気がしている。ので、話しきれないのは承知のうえで大量の資料をつくることにした。

15時半に支度をして出かける。田端でうどんを食べ、電車に乗って駒込へ。Communities of Practiceを再読しながらバスを待つ。今回の再読では発見が多い。ウェンガーは実践共同体にとって「同質的」であることは必要条件ではないと再三述べている。その代わり、「交渉的」であることが必要条件だと述べている。これはなるほどなと思った。実践共同体論においては、交渉的な関与の結果として(全員が同意したり同じ信念を持っているかは分からないが)共同の事業がなされることにこそ「強い紐帯」らしさがある。弱い紐帯ならば、時おりコミュニケーションがなされることはあっても、意味をめぐって交渉する必要はない。互いが互いの実践をやっているだけだから。写真論文だと、いわゆる共同体/ネットワーク論に則って同質的/異質的という区別をやってしまったが、本当は交渉的/独立的とした方がいいだろう。こういう特徴付けは、自分の博論とも齟齬がない。むしろオーケストラ楽団におけるマンネリと移籍を理解するうえでは、その方が生産的じゃないかと思う。逆に、交渉的ではないことは、実践ネットワークを働きをいかに制約しているのだろうという疑問も沸く。

17時前に彼女と会って体育館へ行く。1時間卓球をして、もう1時間でマシンを使ったランニング。いかに普段運動していないのかを思い知らされた。

その後は食堂で夕飯をとり、あれこれ話して20時半ごろに帰った。

杉山