六月十七日(月)

10時に起きて紅茶を飲む。『レクリエーションの行動科学』のレビューパートが相当勉強になるのでいま読めてよかった。ジョン・ケリーの余暇社会学はちゃんと読まないといけない。

昼前に家を出て本郷へ。放置していたコモンズ論文を再開する。書き進めたうえで結果のまとめ方を思いついたので進展であった。明日もやる。

夜は女の子とご飯を食べてジャズを聴いて散歩した。デートは楽しい!

杉山

六月十六日(日)

月曜日にこれを書いている。

九時ごろに起きて、カフェに行って本を読んで、それをworkflowyにまとめたりしていた。なかなかひとつのストリームを軸にして見取り図を作る作業が、それほど大事ではないように思えてきた。見取り図のための見取り図という感じになっている。PCはそれほど重要な論点を提供している感じがしないのに、ストリームとして取り上げる必要があるのかもよく分からない。テーマごとに分けた方がまだすっきりするのではないか、という気がしている。

Boothの論文が突破口になればなぁ、と帰宅して読んでいると職場からの呼び出しが昼過ぎに入っていたことに気がつく。ネットに接続していなかったのでLineに通知が入っていなかったらしい。緊急対応を要する者だったらしく謝罪のメッセージを入れた。すさまじい嫌味が来たけど、自分のミスなので自分だけが引き受ければよいだけあれこれ考えずに楽だ。
しょうがないので論文を読むのをやめて寝た。

(まったく上のことと関係ないが、翌日に怒を覚える出来事があった。不快とか不満とかでもなく、怒りだった。もう少し言語化すると、なぜ人を軽んじられるんだこいつは、という感覚だ。爪痕として残しておこう)

S

六月十四日(金)

10時に起きて紅茶を飲む。晴れていてリフレッシュしたい気分だったので掃除機をかけて洗濯機を回し、散髪に行った。眉毛もすぐぼさぼさになるし2週間に一度のペースがちょうどいい。髪切屋の価格設定なら月イチで他の床屋に行くよりも安いし、バズカットは本郷よりも田端の床屋の方が慣れていると思う。

その後は本郷に出て、先生の本の校正をしたり、余暇研究の課題と展望についての論文が出ていたので読んだりした。コモンズ論文は進まず。セルフモチベートしないといけない。

余暇研究が置かれた窮状は北米でも変わらないようで、leisureを冠した学科が減っていると書いてあった。もともと北米では、学部では公園レクリエーション管理の実務家を養成し、大学院では余暇理論の研究者を育成するという二重構造のおかけで余暇研究が保っているところがあったようだ。実務側が余暇理論と組むメリットを感じず、スポーツやツーリズム、イベントマネジメントのような分野になびくと途端に立場が危うくなる。論文では余暇哲学をもう一度打ち立てて「余暇」という視座の強みを主張すべきだと提案していたが、上手くいく気はしないな。

なんとなく孤独感が募ってきたので歩くことにして、池之端門に移ってきたほうろうに初めて行った。『高架線』のとなりに並べてあったというだけで『90年代の若者たち』を買ってみたが、なかなかどうして心にしみる私的な回想記だった。鬱陶しい批評家語りではなくて、音楽と友人が側にあった1人の若者の人生がそのまま書かれている。『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ!』に近い感じ。最後の方に思いがけずほうろうが出てきて、だからあそこに並べてあったのかとジーンとしてしまった。

杉山

六月十二日(水)

 前日の深夜にラトゥールからCrononのシカゴ都市史の話を知り、自分のEvernoteを漁っていたところから遠城による都市政治生態学のレビュー論文を発見して夢中になって読んでいた。都市における肥満指数を扱ったObe-cityには笑わされたし、リーマンショックで家が差し押さえられた結果、プールを管理する人がいなくなって蚊が繁殖し、デング熱が蔓延したという話には唸らされた。慌てて宮地くんに論文を送った。

 日中もそのまわりのことを掘っていたが、その過程で都市住民に対して焦点を当てていた自分の修論でも都市環境のことをもっと扱えるんじゃないかという気がしてきた。例えば、都市から排除されるものとして墓地を設定するのはどうだろう。

 GandyのMetabolism論文を読んでいたら黒川紀章が引かれていてなかなか驚いた。そういえば自分ももともと建築とかMetabolismとかをもっと扱いたいと考えていたことを思い出し、意外な時期に方法を手にしたという感があった。

 中川

六月十一日(火)

10時に起きる。紅茶を飲んで『ポジティブ心理学入門』を読む。家で研究しようか悩んだが,晴れていたのと大浦さんからメッセが来たので本郷に出る。Zoomで大浦さんと話したあとは,余暇とウェルビーイング関連の文献を読んだ。「人生の意味」が人生に一貫性がもたらされることで生まれるというのは,興味追求に一番近い。これに関連づけることでどうにかなりそうな見通しが得られて大変実りがあった。

そのあとは駒場に出てフラメンコ。カレーを食べて帰る。本郷経由で帰るのは出過ぎたことをしたと反省させられたのが恥ずかしくて胸が痛い。

杉山

六月九日(日)

 もともと遊歩の予定だったが直前で流れたのでのんびりした日だった。意外と夢の島は調べてみると面白かったのでこれはいつか実行に移したい。午前中は謎のタイミングではあるがドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』を観ていた。途中で切り上げる予定だったのに結局最後まで見ずにはいられなかった。冷静に考えれば「あれ、おかしくね?」と思う部分がないわけではないのにそれでいて非常に細部まで練られている映画であると感じてしまうのはなぜだろう。この監督の作品が好きだからかもしれない。久しぶりに映画を見た感をおぼえていた。

 中川

六月八日(土)

9時に起きて本郷へ。サークルの卒業アルバム写真を撮ってもらう。混ぜてくれてありがとうだ。

昼過ぎからUTalk。今日は吉見先生回ですごい人の入りだった。アシスタント見学の子にも助けてもらってなんとかさばいた。

そのあとは入試説明会。研究室訪問の人たちの話をふんふん聞く。

原田くんとチャーリー君とチキンを食べにいって帰った。

昨日日記を読み返していて,後輩たちとカレーを食べた帰り道にみんなでけらけら笑ったこととか,元気にしてる?って話かけたこととか,そういうことは全然書いてなかったんだなと気づいた。「カレー食べて帰った」とだけ。でも,日記に書かないような,道すがらにこにこ楽しく過ごせたことが,本当はとても大事なことだったんだなと思う。

杉山